頑張ってない人の文章

雑記

 僕にはこれといって「これは、頑張った!」「これだけは続けてきました!」のようなエピソードがない。人生を一瞬たりとも本気で生きたことがない。

僕の文章はまとまりがなく、自信がなく、活気がなく、何事も断定しないでズラズラと書いてるだけ。大学生になってから本を読むようになり(読んでいる気になっている)、高校生まで浅い友情関係しか築けなかった僕は案の定孤独になった。

毎日が暇だったので、てきとーに文章を書くことを始めた。文章を書くことは、性に合っていたのかスラスラと書ける。

けれど、中身がない。

なんにも成し遂げていない、人生の未熟者だからだろう。文章というのは、その人の人柄、面白さ、人生の生き様が感じられる。今こうやって、何か凄そうな雰囲気で書いてる僕は、本当に何もない。空っぽの人間だ。


 8月はブログ毎日更新します!とどうでもよい目標を高らかに宣言したのだが、もう既にめんどくさくなっている。

僕はこうやって、宣言したところで途中でめんどくさくなってしまう、クソ野郎なのだ。大学受験もそうだった。そこまで、レベルの高い大学ではなかったが、キャンパスがカッコイイという理由でみんなに「俺、ここに行くから!よろしく!」とアホみたいに言いまくっていた。

 結果その大学にも落ちて、それよりもずっと偏差値の低い大学に入学したのだ。もちろん僕の実力であったし、何も俺はこんなレベルじゃない!というプライドもない。というのも、夏休みが明けたところから、ほとんど勉強をしていないのだ。

塾に通わせてもらっていたが、毎日自習室に行っては、自分の勉強法はこれで合っているのか?というクソどうでもいい、疑問を持ち、勉強していても、内容は全く入って来ず、「同じ問題集を何周もしろ」とアドバイスを真に受け、適当に同じ問題を解く日々。

 そして、大学受験が一通り終わり、進学するか、浪人するかの選択に迫られる。その瞬間に、大学に進学する意味とはなんのだろう?という、親に進学させてもらえるのは当たり前、親に毎日ご飯を食べさせてもらうのは当たり前といった考えを持っているクズはここで考えたのだ。


 浪人はせずに進学を決めたクズは大学2年間をどうでもいい、何も身にならないようなことを考え続けた。勉強もろくにせずに自分の学部の基礎知識さえ知らないアホなのだから、「将来なんの仕事したいの?」と質問された時には、ただ左右を見渡し、狼狽し、「まだ、考えてる途中です。」と人生の浅さを露呈するだけなのだ。


 本日8/15にも、「勉強3時間」「ブログ1記事」「読書をする」といった目標を前日に掲げつつも、何にもしなかった。本当に愚かだと思う。こういうことを21歳になるまで、繰り返してきているのだからそらこんな文章しか書けなくなる。自分の心の内を書きなぐることで、安心するという俗な考え方。


 こんな風に自分を虐待するようなことを思いつつも、幸せを求めている自分もいる。友達が欲しいだとか、ホワイトな会社で働きたいだとかを考えつつも、何も行動しない。自分から、この幸せを追求する感情を排除して欲しい。そして大学生という4年間は早く過ぎ去ってほしい。週5日で8時間労働の社会人になれば、こんな夢見るような考えは浮かんでこないと思うから。

仕事に行って、帰ってきて、ビールを飲んで、寝て、休日は午後まで寝ててきとーに過ごして、人生を終えていく。そのルーティンになるまで、あと1年半もあるという。僕は早く社会人になりたい。何もできないのだから、早く働きに出て、親にお金をパスした方が親も安心する。

あと1年半ズルズルとこんなクズに高い学費を払ってもらって、すみません。

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